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No.4【AIの時代と仏教】

時事ネタと仏教

〈シンギュラリティ〉というAI(人工知能)に関心のある人にはいまやすっかりおなじみの言葉があります。

 日本語になおせば、〈技術的特異点〉。 

 ハンガリー出身の科学者でコンピューター理論の生みの親であるジョン・フォン・ノイマンが提唱し、米国の著名な発明家レイ・カーツワイルがその著書『シンギュラリティは近い』(二〇〇五)のなかで広めた言葉です。

 カーツワイルさんは、日本では、〈マッド・サイエンティスト〉っぽいというか「イッてる人」イメージで語られることの多いお方ですが、米国ではけっこうホンキでリスペクトされていて、ジョンソン大統領をはじめ歴代の米大統領から賞を贈られていたりします。

〈シンギュラリティ〉とは、一言でいえば、コンピューターの計算速度の加速度化と遺伝子工学ナノテクノロジー・ロボット工学の飛躍的進化との相乗効果により、〈AIが全人類の知性を超える技術的地点〉のこと。カーツワイルさんの見立てではなんと二〇四五年にくるんだとか。

 そういえば、つい先月(十一月)、日本最強の囲碁ソフトを搭載したAI、

〈Deep Zen Go〉

趙治勲囲碁名人と対局した「電王戦」の結果が大きなニュースになりました。

 今回は二勝一敗で趙名人の勝ち越しとなりましたが、AIの専門家によると囲碁の天才がAIに太刀打ちできなくなるのはもはや時間の問題だそうです。 

 なんだかホントにAIの知性が人間を「追い越す」日も近そうな雲行きですが、仏教的には全然オッケーです。

 これまでのコラムで書いてきたように、人間もAIもしょせん一切「空」ですから。

 AIが人間サマをやっつけたところで、〈「空」が「空」をやっつけた〉というだけの話。

要するに、〈そっすか〉の一言ですむ話です。 

 AI支配の世界、朝から平気で茶をすすっているのは仏教徒でしょう。

 残念ながら日本のAIは産業面では立ち遅れが目立ちます。

 しかし、いったん出来上がったAI型の社会の生き方、呼吸の仕方となると、別問題です。

 わたしはいろんなところでしゃべっているのですが、仏教は来たるべき二十一世紀のAI時代をやりすごすための、〈人類最強の精神的ソフト〉です。

「ホンキですかァ?」と言われるかもしれませんが、もちろんホンキです。

 理由についてくわしくは不肖わたしの『村上春樹仏教』『村上春樹仏教Ⅱ』をお読みください。