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No.6【LGBTと仏教】

時事ネタと仏教

〈宗教と性的マイノリティ〉というのはデリケートなテーマです。

 仏教また例外ではありません。 

 性的マイノリティといえば、

〈LGBT〉

 という言葉、これもいまではすっかり定着して普通に使われるようになりました。

  たとえば、今年(二〇一六年)の四月、パナソニックは社内ルールを変更し、同性カップルを結婚と同様の関係とみなし、福利厚生の対象とする行動基準を作成しました。

 前年の末に東京の渋谷区が同性カップルを「結婚に準じる」関係と認めて、〈パートナーシップ証明〉を発行する条例を成立させた流れをうけたものらしく、その背景には、性的マイノリティへの配慮を〈企業評価の基準〉の一つにくみこむ欧米のビジネス界の慣行の確立があったと聞きます。 

 つまり、ビジネスの実益をかねたパナソニックの決定だったわけですが、では仏教は〈LGBT〉をどう考えるのか?

 保守論壇のなかには何かと目くじらをたてる人もいるようですが、仏教ではそんなことはありません。 

 何度も書きましたが、万人は「空」において平等、という立場からは上から目線の批判のうまれようがないのです。 

 マツコ・デラックスという人がいます。

 あの人なんか見かけからして大仏です。

 修学旅行先の京都や奈良のお寺で、男でありながらみょーに胸のふくよかな仏像を見て、「男なんですか? 女ですか?」と質問する中学生がいますが、たいていのお坊さんからは、「仏(ほとけ)さんは性を超えた存在です」という答えが返ってきます。簡単にいえば、中性的な存在だというわけですね。

 『法華経』の信者である元東京都知事石原慎太郎さんなどは、

マツコ・デラックスを見ると吐き気をもよおす」

と発言なさっていましたが、失礼ながら、かなりおかしい。

 大仏ですから。

 仏教の本来の立場からは、男女の区別という発想自体うまれない。

だから、日本や中国のお寺における「男女差別」は、仏教の趣旨に反すると批判の対象になってきたわけです。

LGBTの問題もまた、その延長戦上にあるというわけですね。