読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

No.12【IoTの時代と仏教(2)】

時事ネタと仏教

「IoT時代到来」のインパクトは社会、経済、政治などさまざまな面から検討すべき問題です。 

 ただ、仏教とのからみでその哲学的な意味を考えてみると非常に面白い。

  それは、「IoT社会」そのものが「世界=関係のネットワーク」論という大乗仏教の世界観の公式の「子供にもわかるたとえ」となったということ。

  もっといえば、「IoT社会」が仏教的世界観を「万人に広める哲学装置」としての役割をになうことに結果としてなったということですね。

 これはちょっとすごいことで、わたしがIoT時代の到来はインターネットを上回る、

「哲学的大事件」

 ではないかと思うのは、ここからきています。 

 それをもたらしたのがIoTのインターネットのダイナミックな活用による「あらゆるモノとモノ同士のコミュニケーションのネットワーク」というコンセプトであることはいうまでもありません。 

 大乗仏教理論の「時間」/「空間」把握とアインシュタイン相対性理論の結論上の近似性は今までもしばしば指摘されてきたところです。

 それを念頭に、ここでIoTの「事件性」の中核にあるものを要約すれば、「〝時空〟概念のだれにでもわかる化」ということになるでしょうか。 

 これは「関係のネットワーク」のもつ「無始無終」性とじかに関わる論点です。

アインシュタインの名がでましたので、わかりやすく宇宙物理学を例にとりましょう。

「宇宙のはじまりは何か?」という議論があります。

 この議論にともなって起きる哲学上のアポリア(難問)は明らかでしょう。

実際、だれかが宇宙の「はじめ」として何かを置いたとする。それはただちに「その何か以前はどうなるのか?」という問いを誘発することになる。

 そこでその答えとしてその「何か以前」に別の何かを置いたところで、こんどはその「何か以前の別の何か」の以前はどうなるのかが問題になる、という具合にきりがない。