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No.17【マインドフルネスのブームと仏教】(3)

時事ネタと仏教

 

まえに書いたように、マインドフルネスはIT企業の研修にも取り入れられる時代になった。認知度の上昇とともにマーケットを確保しはじめました。

つまり、瞑想のレッスンが最先端のビジネスのモデルの一つになってきたわけですが、 そこで何が起きたか?

マインドフルネスを「売る」側としてはなるべく「宗教」色を除こうと「仏教の出自」を隠す傾向がでてきたわけです。

 もちろん全部が全部というわけじゃありません。

 企業や個人向けにマインドフルネスのセミナーを行っている団体には「仏教がルーツ」を謳っているところもありますが、趨勢としては出自に言及せず、いってみれば、

ニュートラルな心の筋トレ」

 としてプロモートするのが普通になってきた。 

これは、顧客の間口をできるだけ広げておきたいのはビジネスの当事者としては当然です。

実際、ユーザーの大半は宗教になど関心はないわけで、「マインドフルネス」業界の心理としては自然そうなる。 

 そしてこれがますますカンにさわるわけです、一部の禅のお坊さんとしては。

 とりわけ座禅のセミナーなどをやっているお坊さんたちですが、

仏教を盗んでおいて姑息じゃないか」

 とこうなる。まあ、実際にその底にあるのは強力な商売上のライバルの登場に対する脅威感ですが、お坊さんがそんなことを口にするわけにはいきません。 

 それやこれやで現在の「マインドフルネス瞑想」というのは、大乗仏教国日本のお坊さん(の一部)にとって目の上のコブになってしまったということですね。

 では、これについてどう考えるべきか?

 本当はべつに考えなくてもよいのですが、わたしもいちおうは「大乗仏教国」の人間のはしくれですから、その立場から一言すると――。

 まず(ここではとりあえず最も「摩擦係数」の高い禅に絞って話を進めることにしますが)、

「禅の瞑想とマインドフルネスは全然別物」

 という一部の禅のお坊さんの主張からいえば、これは本当です。 

  細かいことははぶきますが、一口にいえば、マインドフルネス瞑想には「自分はいったい何ものなのか?」という面倒臭いとはいえ肝心要の問いかけがありません。

(To be continued.)