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 No.20【世界帝国の運命と仏教】(1)

時事ネタと仏教

 

いまは仏教ブームということで、街の本屋さんの仏教書のコーナーには、一般読者向けの入門書が山積みになっています。

 とくに若い読者が増えているのは喜ばしいニュースです。 

 ただ、そんな仏教に関心をもつ人々の間でも、けっこう知られていない話があるようです。

 たとえば、仏教が誕生当時はインドの最先端の〈都市文化の申し子〉だったということなども、その一つかもしれません。 

 仏教はいまから二千五百年前、大都市の勃興時代のインドに生まれ、都市の革新的な気風を追い風に、当時の(今もですが)保守本流の宗教・ヒンドゥー教に異議申し立てする形で発展した、〈典型的な都市型宗教〉でした。

 そして、そこにまた仏教の、〈強み〉と〈弱み〉とが生まれることになります。 

 一言でいえば、ヒンドゥー教保守本流ですから、農村部を圧倒的に支配した。

 一方、大都市は、何かと派手で目立つわりには、農村部を海にたとえれば、いわば島のような存在にすぎません。 

 インドは、その頃からカースト社会で、上から順に、

 バラモン(祭司階級)

 クシャトリヤ(王族階級)

 ヴァイシャ(庶民階級)

 シュードラ(隷属階級)

 の四つのクラスに分けられていました。 

 このうち仏教の最も強力な基盤となったのは、ヴァイシャに属する大都市とその周辺の商工業者たちでしたが、そんなかれらの運命を変えることになったのが、当時の、

〈グローバル帝国ローマ〉との貿易、具体的にはその衰退という出来事でした。

 ローマとの通商が盛んだった紀元前二、三世紀から紀元三世紀の間のある時期以降、ローマの貨幣はインドの主要貨幣の一つでした。

 当時のローマではインドの産物が大変な人気を呼んでいたため、貿易の支払いにローマの貨幣が使われた。

 他にローマの貨幣を模したインドの貨幣も流通するなど、インドはローマ帝国が影響力をもつ国際的な通商のネットワークのなかに組み込まれていました。 

仏教の開祖は紀元前六世紀生まれのブッダですが、その勢力はかれの死後も拡大を続けることができました。

とくに紀元前四世紀から三世紀にかけてインド初の統一帝国を建設したマウリヤ王朝下で国王の庇護をうけたのが大きかったようです。

 面白いのは、その仏教が衰退期に入る時期がローマ帝国の歴史的な衰退期と重なるということです。

(To be continued.)