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No.21【世界帝国の運命と仏教】(2)

時事ネタと仏教

 

ローマ帝国は最盛時、二十世紀後半の米国のように覇権をほしいままにした国です。

 ローマ帝国はその後、異民族(ローマからみた〝不法移民〟)の侵入のなかで紀元三九五年に東西に分裂し、四七六年には西ローマ帝国が滅びます。

 そして、ほぼこの時期を境に、インド仏教保守本流ヒンドゥー教の巻き返しをうける。年を追うごとに、ジリ貧におちいってゆきます。

 劣勢のきっかけとなったのは、さきにのべたローマとの貿易の途絶により、大都市の〈国際派勢力〉としての商工業者が没落したことでした。

 インド社会はこれ以後、ローカルな農業経済を中心とする「農村型社会」に移行することになります。

 それはそのまま〈インド社会の保守化〉と呼ばれる現象を長期にわたって招き、ここに仏教の支持基盤は失われることになります。 

 で、そのあと、インド仏教はどうなったか?

 進退窮まった仏教側は「新しい時代」に見合った宗教に生まれ変わろうと、ライバル関係にあったヒンドゥー教の教えをどんどんとりこむという手にでます。

 その結果、仏教ヒンドゥー教と見分けがつかなくなってしまう。あげくのはてに、存在意義を失い、インドでは姿を消してしまうことになりました。 

 見方によっては、インド仏教は大都市の勃興とともに起こり、大都市の衰退とともに滅んだ、といえるかもしれません。

 そしてそこに大きな背景を提供したのが、世界帝国としてのローマであり、その覇権の盛衰のインパクトでした。 

仏教の教えは国境を超えるという意味で、〈コズモポリタニズム〉とたしかにシンクロする側面をもっています。

 が、その「ボーダーレス」的な性格はときに〈根無し草〉になる弱点を強みとともにそなえている。 

 ちなみに、米国(「二十世紀のローマ帝国」)は、どういう巡り合わせからか二十世紀の後半以降大変な仏教ブームをもちました。

現在米国から輸入されて話題の「マインドフルネス」の瞑想はまさにその所産です。

その「マインドフルネス」とつばぜり合いを演じている日本の「禅仏教」は、「ヒンドゥー教化」以前の仏教の古形を比較的保っています。 

 一方、同じ仏教でも「ヒンドゥー教化」した形態をよく伝えるのが浄土仏教密教です。

 一口に日本仏教といっても驚くほどヴァラエティに富むわけで、その違いを仏教の「都市的ルーツ」とのからみで眺めてみると、いろいろと見えてくるものがあるかもしれませんね。