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No.23【現代アートと仏教】(2)

時事ネタと仏教

【(1)からの続き】

 で、客の方はどう反応したか?

 まずあっけにとられてから、ブーイングまじりのざわめきが起こる、という当然の結果になったようです。

 このジョン・ケージはのちにバブル経済真っ盛りの日本で稲盛財団主催の「京都賞」(一九八九年度)を受賞して来日しますが、一九五〇年代のその頃、かれは米国で仏教哲学者として有名だった鈴木大拙の影響のもと、〈禅の「無心」の哲学〉に強い興味をもっていました。

『四分三十三秒』もまたそうした影響を強くうけたものだったわけですが、ここで思い出すのは、江戸時代、書画マニアの風流人の間で流行した、

〈白紙賛〉

 のブームです。

 これはただの白紙に「賛」、つまり画についてのコメントだけが書かれているという奇抜なシロモノで、「何も描かれていない画こそが真の名画である」といういかにも禅的な主張にもとづく「通」好みの趣向でした。 

 デュシャンの「便器」にはともかくも署名が入っていましたし、ケージの楽譜も同様だったはずですが、〈白紙賛〉の場合はそれすらないわけで、ある意味さらにアナーキーな過激さを誇れるものだったと言えなくもありません。

 ただ、では、この江戸の風流人たちがデュシャンやケージなどの芸術上の「先駆者」だったのかと言われると、いささか躊躇するところがあります。

 というのも、これは江戸人らしい風流心、つまり江戸のディレッタントたちの洒落っ気から生まれたもので、「芸術」の解体をめざす気など、白紙の画を用意した方にも「賛」を書き込んだ方にも頭からなかったからです(周知のように、日本人が「芸術」の概念を知ったのは明治になってから。「芸術」(art)は「宗教」(religion)と同様に、西洋からの輸入概念でした)。 

 もっとも、このあたりの評価は、さらに突っ込んでゆくとかなり微妙になることも事実で、純粋に「遊び」としてやってのけたのだから、もっとスゴイじゃないか、という見方もできなくはない。

 そこで思い出すのは、デュシャン以来のアーティストによるアートの自己解体運動の流れをひきついで、一九六〇年代にアメリカン・ポップアートのアイコンとなったアンディー・ウォーホルが来日の折に残した日本についての言葉です。

「ここは未来の国だ」と。 

 ウォーホルは商品や広告のイメージ自体をアートにする手法で大衆の熱狂的な支持を得ましたが、デュシャンやケージにみられた異議申し立ての「古典的メッセージ性」には乏しく、消費資本主義とシニカルに戯れている印象が強い。

 それはなるほど江戸の爛熟した都市文化に生まれた遊戯の文化と一脈も二脈も通じた要素をもつものかもしれません。

 まったく異なった歴史的な文脈のなかから結果的に「先取り」する何かが生まれるというのは、日本にかぎらず珍しくない話です。 

 六〇年代アメリカン・ポップアートのあまりの楽天性は、七〇年代に入って批判にさらされることになりましたが、現代アートの〈なんでもアリ〉性はその後も加速しながら、いまに至っています。

 デュシャンは日本側からの熱烈なラブコールにもかかわらず、来日することはありませんでした。

 ジョン・ケージには京都賞を受賞した際の羽織袴姿に威儀を正した記念写真が残っています。

 ウォーホルもふくめて、三人の現代芸術の巨人はいずれも故人になりましたが、かれらは「白紙賛」について知っていたか? おそらく知らなかったでしょう。

話して聞かせたらどんな感想を口にしたか、想像するだけで興味のひかれるところですね。