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№32【時間SFと仏教】

 

 映画『ブルーハーツが聴こえる』が四月から全国ロードショー公開されます。

 斉藤工さんがタイムスリップして高校時代に戻るのが話題のオムニバス映画です。 

 それにしても、映画であれTVドラマであれ、時間SFというのはなぜあんなに面白いのでしょうか?

 何も純粋なSF作品にかぎりません。いわゆるタイムスリップあるいはタイムトラベルをあつかった作品。

 日本の作品なら古くは『戦国自衛隊』、『時をかける少女』、TVドラマの『JIN―仁―』。

 洋画ではごぞんじ『ターミネーター』と『バック・トゥー・ザ・フューチャー』。

 いずれも時間SFそのものかその「タイムトラベル」理論を作品の柱にしたものです。

 どれをみても面白く、右にあげた作品はすべて続編が作られたりリメイクされたりしました(考えてみれば、堤真二さんが出演した『本能寺ホテル』も二〇一一年の『プリンセストヨトミ』の広い意味での続編のようなものでした)。

 時間SFについてはいままで何冊かの本がでていますが、わたしが最近読んだうち最も面白かったのは、社会理論学者でSF作品にくわしい浅見克彦さんのお書きになった『時間SFの文法』です。

 時間SFの嚆矢となったH・G・ウェルズの『タイム・マシン』(一八九五)を皮切りに、古今東西の時間物のSFの「精神」を様々な角度から分析した緻密でスリリングな内容からなっています。

 浅見さんによると、時間SFの世界において、

「物語は現実にはありえないハチャメチャな時間世界を描き出す」。

 にもかかわらず、それを読む(見る)者は、そうした時間をめぐる「リアリティ」の解体になぜか「魂の救済」を感じてしまう。

「時間SFが顕在化させるニヒリスティックな意識」は「時間SFが浮き彫りにする時代意識のなかで、もっとも基本的なものだと言ってよいだろう」

「読み手はあり得ない時間構成をとる物語の世界にも、現実世界と同じような時間の経過があると思いなしているのだ」

 浅見さんは「そもそもリアリティというのは……物語を物語たらしめる条件、あるいはその本物らしさの問題と結び付いている」と指摘します。

 そして時間SFの時間SFらしさは、本物らしさに関する「価値意識を攪乱するという点にある」。

*  *  *

浅見さんが言う、時間SFを歓迎する現代社会の「本物という価値を疑うシニカルなムード」という言葉――この本がでたのは二〇一五年の十二月でしたが、これはその約一年後トランプさんが当選して「フェイク・ニュース」が流行語になった今にこそあてはまるものだったといえるかもしれません。

 そんなわけで、浅見さんの本は時間SFの根強い人気についてのわたしの長年の疑問に見事に答えてくれるものになりました。

ところで、仏教をかじった人間ならば時間のリアリティの解体と聞いて思い出す人物がいます。ナーガールジュナです。

 これまでのコラムのなかでもすでにふれた通り、「空」の理論を確立した大乗仏教の論客でしたが、その主著『中論』のなかで時間をめぐる精密な議論を展開したことで知られています。

ナーカールジュナは、「空」の世界における時間の不可能についてつぎのように説いています。

「過去・現在・未来は相互依存関係として成立する」(『空七十論』)

 それゆえに、

「時間は実体として成立せず、過去・現在・未来の区分はあり得ず、思惟としてのみ存在する」(〃)と。

 いうまでもなく、時間それ自体に「実体」はありません。 

 ここにいう「思惟」とは「人間の思考」、つまり「意識」のことです。

 ナーガールジュナは、時間もまた他のあらゆるものと同様、人間の意識の産物という点で幻影のようなものにすぎない、と説いたわけですね。

 時間のイリュージョン化の意識は、電子的ネットワークの全地球レヴェルでの完成がもたらす、

「リアルタイムの専制」、

 その直接の産物としての、

「いま、ここ」

 の感覚の先鋭化と見事に握手するものです。

 もっとも、「空」思想によれば、この「いま」「ここ」の二つもまた――「底抜け」化の文法にのっとって――結局は「ゼロ」化の圧力のもと、解体の憂き目にあうわけですが。

 ちなみに、さきに映画やTVドラマを例にしましたが、文学のジャンルでいえば「時間の解体」のテーマを最も執拗に追求したのが村上春樹さんの長編小説の世界。

村上さんの異世界物の長編小説で「時間の解体」感覚にふれなかった作品は探すのがむずかしいほどです。

 村上春樹さんは、非SF作家でありながら「時間SFの文法」を最もよく体現した日本人作家だといえるかもしれません。

 この先、時間の「リアリティ」の空無化はIoT社会の進化とともに深化する一方でしょう。

そう考えると、「時間SF」の作者たちは現在進行中の時間意識の変貌の最も古くからの予言者として記憶されることになるかもしれませんね。

※次の更新は3月30日です。