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№37【日本3・0と仏教】

 

「日本3・0」とは、日本のごく近い将来に予想される革命のことです。

 二〇一七年の一月にソーシャル経済ニュース「ニューズピックス」の編集長佐々木紀彦さんが『日本3・0/2020年の人生戦略』という著書でそのコンセプトをまとめられました。

 土台となったのは、社会学者の竹内洋さんが提唱した「第三のガラガラポン革命」で、第一の明治維新、第二の敗戦に匹敵する革命が日本で始まろうとしているという見方。佐々木さんは二〇二〇年から二〇二五年までの間にそれが起きると考えています。

 面白いのは、佐々木さんが「日本3・0」の変動を勝ち抜くために重要なのは、

「〝テクノロジー〟と〝歴史〟を深く知りぬくことです」

 と著書のなかで強調していることです。

 佐々木さんによると、この変動にむけてカギとなるのはAI、ロボット、IoT、ビッグデータによる第四次産業革命の諸分野だという。

 私のブログのいくつかのコラムでは「仏教」の歴史を議論の切り口にとりあげています(コラム「ポリティカル・コレクトネスと仏教」、「ポピュリズム仏教」など)。

 IoTと仏教の「空」思想との相性の良さや日本人のロボット好きと仏教の「からくり人体」観との関わりについても、それぞれのコラム(コラム「IoTの時代と仏教」、「日本のヒューマノイド文化と仏教」)のなかでふれておきました。

*  *  *

この「からくり人体」観で一つ思い出すのは、「空」思想を受け入れた日本仏教がひきおこした、

「非情成仏」革命

 というとんでもない革命についてです。

「非情」といっても「無慈悲」のことではありません。インド仏教以来の、「有情」/「非情」の二分方に関するもので、「有情」はインド語のサットヴァの訳。仏教英語辞典で引くと「All beings that have feeling」などとでてきますが、「心のはたらきをもつもの」を意味します。

一方、「非情」は「心のはたらきをもたないもの」で、これは石ころなどが典型です。

インド人は、人間と動物を「有情」にふくめ、植物と石ころなどの無機物を「非情」に分類した。

この分類区分はインド仏教が中国に伝わると曖昧になりますが、曖昧さを取り払ってしまい、驚くべきことに、「区分の全面廃棄」に至ったのが日本仏教です。

 要するに、ここでは人間も石ころも平等に、

「空」の変動態

 として区別する必要がないものになった。

「空」(「真如」という言葉も使います)は「ゼロ」という意味ですが、有機物の代表格である人間も石ころも「ゼロ性」において一致するという右の考え――絵に描いたような「ゼロの汎神論」ですね。

ちなみに「成仏」というのは、ここでは仏教の真理、具体的には「空」の真理を体現している状態を意味します。

 ものというものは「空」であるという考えをひねりだしたのは、もちろんインド仏教の坊さんたちだった。ですが、それは実際には人間に焦点をおいたものでした。

 なぜなら、仏教の第一のモチーフは、「輪廻」からの脱出にありました。もし人間が「空」ならば、輪廻の主体となるものが消失する。自動的に輪廻自体もなくなる。このように問題の前提を奪い去ることにより、問題自体をなくしてしまったわけですね。

 が、幸か不幸か、中国人はこのインド人が言う「輪廻」なるものにリアリティを感じなかった。あそこの人々は人間がとにかく現世的に出来てますから。ピンとこなかったわけですね。

その結果として、「空」の観念的な理論だけが注目を浴びることになり、「成仏」つまり「空」の真理を宿すのに「有情」/「非情」の区別は別段必要ないんじゃないかという見方がぼちぼち出始めた。

 それを「ない」と言い切ってしまったのが日本仏教です。

*  *  *

これが「非情成仏」(石ころも成仏する)の革命でしたが、それを起こしたのは平安時代の理論家肌のお坊さんたちでした。万物にゼロが宿る「ゼロの汎神論」がIoTやロボティクスの原理とフィットすることは、すでにふれてきた通りです。

このお坊さんたちは「空」の理論の追求を通じて、それと意図せずに「日本3・0」のテクノロジーの指導原理を提示してしまったのでは、とそんな気もしてきます。

 佐々木さんの『日本3・0』によると、第四次産業革命でテクノロジー面の柱となるのはAI、ロボット、IoT、ビッグデータの四分野ですが、このうちAIとソフトウェアで日本は残念ながら大きく立ち遅れてしまった。

 いまから米国企業に勝つのは無理な状態だそうです。

 ただ、そのAIも「単体」で勝負することがむずかしくなり始めている。

 なぜならAIをオープンに公開する傾向が加速するなかでいずれAIの「コモディティ化」が予想されるからで、そうなると、

「ハードウェア×AI×ネットワーク」

という、「融合領域」こそがテクノロジー開発の戦場の最前線になってくる。

 つまりIoTやロボットの出番となるわけで、日本の第四次産業革命で最もポテンシャルが高いのがこの二つの分野だという。

 日本人は根からの「多神教気質」の国民で、キリスト教のように唯一絶対神を仰ぐ「垂直型信仰」は苦手にできています。

「ゼロ」の神々が万物に宿りながらフラットに偏在するIoTの社会に、べつにそれを「革命」とも感じずにすんなり溶け込めるかもしれません。

 つまり、気がついたら「革命」が成功していた可能性だってあり得る気がするのですが、佐々木さんはそうした日本を率いるリーダーにいま必要なのは、

「コスモジャポニズム

 の発想だといいます。

 ナショナリズムとコスモポリタニズムの融合をさす佐々木さんの造語だそうです。

ただ、仏教は本来コスモポリタンなものです。

 仏教は「空の底抜け」を飼い馴らす技術としてきわめて洗練された世界観をもちます。そう考えると、佐々木さんの主張は、日本仏教、あるいはその感性が近未来の社会で見えない安定装置として機能し得る可能性を示唆してくれるものかもしれませんね。

※次回の更新は4月17日です。